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東京地方裁判所 昭和33年(刑わ)3062号 判決 1960年2月27日

被告人 中井安兵衛 外三名

主文

一、被告人中井安兵衛を懲役一年六月及び判示第二の一の罪につき罰金三十万円、判示第二の二の(一)の罪につき罰金十万円、判示第二の二の(二)の(1)の罪につき罰金十万円、判示第二の二の(二)の(2)の罪につき罰金八万円、判示第二の二の(二)の(3)の罪につき罰金四万円に、

被告人上條信助を判示第二の二の(二)の(1)の罪につき罰金五万円、判示第二の二の(二)の(2)の罪につき罰金四万円、判示第二の二の(二)の(3)の罪につき罰金二万円に、

被告人日本電気産業株式会社を判示第二の二の(一)の罪につき罰金七万五千円、判示第二の二の(二)の(1)の罪につき罰金七万五千円、判示第二の二の(二)の(2)の罪につき罰金六万円、判示第二の二の(二)の(3)の罪につき罰金三万円に各処する。

二、被告人中井安兵衛、同上條信助において右各罰金を完納することができないときは、いずれも金二千五百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

三、訴訟費用中、証人銭高良之、同山岡俊夫、同百々初男、同牧内俊朗に支給した分は被告人中井安兵衛の単独負担とし、証人渋谷慎一、同淡路文雄に支給した分は被告人中井安兵衛、同上條信助の、証人関谷丈夫に支給した分は被告人中井安兵衛、同上條信助、同日本電気産業株式会社の各連帯負担とする。

四、本件公訴事実中、昭和三十三年九月五日付起訴状第一記載の公正証書原本不実記載、同行使の点につき、被告人中井安兵衛は無罪。

五、被告人山岡電機株式会社は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人中井安兵衛は、横浜市に生まれ同市内の小学校を卒業後、神戸市内或は東京都内で株屋の店員、外務員、現物屋等を続け、昭和十八年頃戦時疎開により一旦これを中止した後、昭和二十一年初頃から再び株屋の外務員となつたうえ、その頃中央証券株式会社なる休眠会社を引受けてその取締役会長に就任し証券業を始めたところ、昭和二十四年頃資産薄弱のため免許を取消されるに至つたが、昭和二十七年頃には再び当時いずれも休眠会社であつた大百産業株式会社及び日仏証券株式会社を買受けたうえ、大百産業株式会社を正金証券投資株式会社(その後昭和二十九年十月に山口商事株式会社、昭和三十年三月に正金実業株式会社、同年十二月に万安砂糖株式会社と各商号を変更)と、また日仏証券株式会社を万安証券株式会社とそれぞれ商号変更して証券業を行うようになり、そのうち正金証券投資株式会社については業績振わず、昭和二十九年末頃休業してそのまま休眠させたが、万安証券株式会社については更に昭和二十九年十一月正金証券株式会社と商号変更のうえ、引続き現物屋として証券業を営んでいたところ、たまたま昭和三十一年頃大阪市内の鋳造機製造業山岡俊夫と相知るに至り、同人より資金導入方を依頼されるや、昭和三十一年四月前記休眠中の万安砂糖株式会社の商号を山岡鉄工株式会社(以下山岡鉄工と略称)、目的を鋳鉄業、製鉄業、鋳鍛造用機械器具の製造販売等とそれぞれ変更し、また本店を都内中央区銀座東二丁目四番地に移転(その後昭和三十二年七月三十日更に都内目黒区中根町六十番地に移転)して、右山岡俊夫を代表取締役とするとともに、従来の資本金三百万円を見せ金により一千万円に増資し、その後も昭和三十一年十一月に三千万円、昭和三十二年四月に五千四百万円にそれぞれ増資したうえ、右各増資株式を前記正金証券株式会社を通じ、株価の吊り上げ工作をしたり、同会社の機関紙「投資名人」や株式新聞で誇大に宣伝するなどして株主に割当て引受けを求め、或は一般に売り捌くなど努めたものの、いずれも思わしくなく、同被告人による専恣放漫な事業の運営と相俟つて、山岡鉄工の経営状態は極めて不良であつたのに拘らず、昭和三十一年五月の決算期には一割二分、同年十一月及び昭和三十二年五月の各決算期には各二割のいわゆる蛸配当を繰返し、辛うじて一般株主の関心をつないでいた。

しこうしてこれよりさき同被告人は、昭和三十一年七月右山岡鉄工の、代表取締役に就任したが、翌昭和三十二年一月頃、たまたま当時都内文京区大塚坂下町二百二番地においてラジオ組立の下請をしていた戸田善吉が、テレビジヨン組立の技術をも有していることを知るや、同月二十八日山岡鉄工の目的にラジオ、テレビジヨンの製作販売を附加して、同人を同会社の取締役に据え、且つ同人所有の前記工場設備等営業一切を譲り受け、同年三月頃から山岡鉄工電機部なる名称で同人をして右工場においてテレビジヨンの組立をさせるようになり、次いで同年五月頃かねて知り合いの司法書士仲田貞次より、同人が代表取締役をし当時休眠中で資本金千三百万円、金、銀、銅、亜鉛、チタン鉱石の採掘販売等を目的とし、本店を都内中央区日本橋茅場町三丁目十二番地におく全く無資産の日月鉱業株式会社を金二十万円で買取つたうえ、同会社を山岡電器産業株式会社(以下山岡電器と略称する)と商号変更して、自らその代表取締役となり、同会社により前記テレビジヨン製作の仕事を山岡鉄工より分離独立して手広く経営することを計画し、同年六月初頃厚生産業株式会社々長沖山斌基より都内目黒区中根町六十番地所在の同会社工場建物を買受けるとともに、右企図を右沖山斌基他九名の者に打明け、同人らよりそれぞれ右企図を諒承して同会社の取締役乃至監査役に就任することの承諾を得、また前記仲田貞次にも右企図を明かしたうえ、その旨日月鉱業株式会社の登記変更方申請を依頼して応諾を得、かくして同月二十七日東京法務局日本橋出張所において、同人及び同人方事務員近藤公枝を介して、同出張所登記官吏に対し、同月十五日日月鉱業株式会社臨時株主総会を開催した結果、取締役に同被告人他八名、監査役に松本尚他一名を選任し、商号を山岡電器産業株式会社と変更し、目的を電気機械器具の製造加工販売等と変更する旨の決議がなされ、同日山岡電器取締役会を開催した結果、代表取締役に同被告人が互選された旨、日月鉱業株式会社の取締役、監査役、代表取締役、商号及び目的変更の登記申請をし、即日右登記を了し、次いで同年七月二十五日同会社の本店を都内目黒区中根町六十番地に移転したのであるが、前記の如く、日月鉱業株式会社には資産皆無であつたうえ、山岡鉄工の経営振わずその負債整理に追われていた折からでもあり、もとより右山岡電器の経営資金については何らの用意もなく、その金策に窮した結果、見せ金によつて増資したうえ新株式を発行し、同会社の内容を誇大に宣伝して右新株式を前記山岡鉄工の株主に売り捌き、右経営資金を獲得しようと企て

一、同年八月二十六日東京法務局渋谷出張所において、前記仲田及び近藤等を介して、同出張所登記官吏に対し、同年六月十六日山岡電器取締役会を開催した事実がなく、また該増資は、同被告人一存で右仲田を通じ、石川六男、平野国雄、原田清らの金融ブローカーより調達した見せ金を用いて払込済の形式を整えたに過ぎないものであつて、同被告人自身はもとより、沖山斌基、百々初男、山岡俊夫、戸田善吉、銭高良之、中井芳江、上条信助、沖山富康、松本尚、沖山ヒサエ及び山岡鉄工において、山岡電器増資新株式の引受をした事実がないのに、同年六月十六日都内中央区日本橋茅場町三丁目十二番地において山岡電器取締役会を開催した結果、一株の発行価額及び払込金額いずれも金五十円の新株式七十八万株を発行して資本金を五千二百万円に増加することを決議した旨虚偽の事実を記載した取締役会議事録、及び同被告人自身において十五万株をはじめ、右沖山斌基他十名において各一万五千株乃至三十万株の山岡電器増資新株式をそれぞれ引受ける旨虚偽の事実を記載したいずれも同年八月十五日付の各新株式申込書、並びに山岡電器増資新株式に対する払込金を同栄信用金庫日本橋支店において三十八万株分千九百万円、中央信用金庫神田支店において二十七万株分千三百五十万円、昭和信用金庫京橋支店において十三万株分六百五十万円をそれぞれ保管中なる旨の、いずれも同年八月二十六日付の各株式払込金保管証明書を添付した株式会社新株発行による変更登記申請書(昭和三十四年証第一三七三号の二)を提出して山岡電器の発行済株式の総数を百四万株、額面株式の数を百四万株、資本の額を金五千二百万円と変更する旨の内容虚偽の登記申請をし、即日同出張所において、情を知らない前記登記官吏をして、同出張所備付の商業登記簿にその旨不実の記載をさせたうえ、即日右登記簿を同出張所に備え付けさせて行使した。

二、同年八月頃から同年十月頃までの間、長谷川三郎他多数の山岡鉄工株主に対し、実際には山岡電器は前記のように有名無実の休眠会社たる日月鉱業株式会社を入手し、見せ金により架空の増資をしたに過ぎないものであり、現金、預金等はもとより、資産及び運転資金の見るべきものがないばかりか、テレビジヨン製造に十分な工場施設、専門技術者もなく、又一ヵ月百五十台以上のテレビジヨンを製造した実績もなく、従つて将来正当に二割配当を為し得るような堅実な経営がなされておらず、その見込もないのに拘らず、「山岡電器は、現在二割配当を続けている山岡鉄工の姉妹会社として資本金千三百万円で設立され、このほど各役員が現実の払込をして五千二百万円に増資したテレビ製造会社で、優秀な技術者を多数採用し、現在月産二百台乃至一千台であり、現金、預金その他の資産も十分あつて、年間一億数千万円の利益をあげることができ、最低二割配当は間違ない。このたび姉妹会社山岡鉄工の株主優待の意味で、各役員が払込を為して手持の山岡電器株式を一株四十円(同年十月頃には一株三十五円と訂正)で分譲する」旨の虚構の事実、及びこれに照応するように作為した山岡電器の貸借対照表等を誇大に宣伝掲載した「山岡電器産業株式会社の将来性」或は「山岡電器産業株式会社のあらまし」と題する印刷物その他種々の印刷物をその自宅宛て送付し、右長谷川をしてその旨誤信させ、よつて同人から、同年九月十一日頃、都内目黒区中根町六十番地の前記山岡鉄工本社に宛て、山岡電器株式五百株の買取代金名下に現金二万円の送付を受けてこれを騙取したのをはじめとして、別紙被害一覧表記載のとおり、同人他斎藤誠ら百十一名をして、前同様誤信させ、よつて同人らから山岡電器株式の買取代金名下に合計金四百九十万五千九百円の交付を受けてそれぞれこれを騙取した。

第二

一、被告人中井は、物品税法第一条掲記第二種丙類十六号該当の課税物品であるテレビジヨン受像機の製造販売業等を営む山岡鉄工株式会社の代表取締役としてその運営を統轄していたものであるが、右会社の業務に関し、物品税を免れる目的で、政府に申告しないで、昭和三十二年三月五日から同年八月十日までの間、都内文京区大塚坂下町二百二番地の右会社(電機部)において、テレビジヨン受像機三百五台(十四吋二百八十四台、十七吋二十一台)(この課税標準額九百三十三万五千七百円―物品税相当額百六十九万七百二十円)を製造した。

二、被告人日本電気産業株式会社(昭和三十三年二月十日に旧商号山岡電器産業株式会社を変更)は、都内目黒区中根町六十番地に製造場を有し、物品税法第一条掲記第二種丙類十六号該当の課税物品であるテレビジヨン受像機の製造販売業を営むもの、被告人中井は右会社の代表取締役としてその運営を統轄していたもの、被告人上条信助は右会社の専務取締役として右被告人中井を補佐し販売並びに経理事務を担当していたものであるが、いずれも右会社の業務に関し、物品税を免れる目的で

(一) 被告人中井は、政府に申告しないで、昭和三十二年八月十二日から同月三十一日までの間、都内目黒区中根町六十番地の山岡電器産業株式会社において、テレビジヨン受像機八十五台(十四吋八十二台、十七吋三台)(この課税標準額二百六十二万六千八百円――物品税相当額四十六万五十円)を製造した。

(二) 被告人中井、同上条は共謀のうえ、別紙物品税関係一覧表記載のとおり、昭和三十二年九月から同年十一月末までの間、前記山岡電器産業株式会社の製造場からテレビジヨン受像機合計二百六十一台を代金合計八百九十三万五千五百円で移出販売したのに拘らず、この事実を正規帳簿に記載せず、かつ申込書、納品書、元帳、金銭出納帳等にはテレビキツトと表示して東横百貨店以外との取引を秘匿したうえ

(1) 同年九月分については、同年十月十四日テレビジヨン受像機三十二台を移出したに過ぎない旨虚偽の物品税課税標準額申告書を所轄目黒税務署長に提出し、よつて同年十一月二十一日同署長をして該申告どおりに税額調定を為さしめ、もつて物品税四十九万九百三十円を逋脱した

(2) 同年十月分については、前記署長に対する物品税課税標準額申告書を提出しないで、物品税四十二万八千三百三十円の逋脱を図つた。

(3) 同年十一月分については、前記署長に対する物品税課税標準額申告書を提出しないで、物品税二十一万七千三百六十円の逋脱を図つた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法律の適用)

被告人らの判示所為中、被告人中井の第一の一の公正証書原本不実記載の点は刑法第百五十七条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に、不実記載公正証書原本行使の点は刑法第百五十八条第一項、第百五十七条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に、第一の二の各詐欺の点は刑法第二百四十六条第一項に、被告人中井の第二の一及び第二の二の(一)、被告人日本電気産業株式会社の第二の二の(一)の各物品税法違反の点は物品税法第十八条第一項第一号(被告人日本電気産業株式会社についてはなお同法第二十二条を適用する)に、被告人中井、同上条、同日本電気産業株式会社の第二の二の(二)の(1)、(2)、(3)の各物品税法違反の点は同法第十八条第一項第二号(被告人中井、同上条についてはなお刑法第六十条を被告人日本電気産業株式会社についてはなお物品税法第二十二条をそれぞれ適用する)に各該当するところ、被告人中井の公正証書原本不実記載、同行使の各所為は互に手段結果の関係にあるから、刑法第五十四条第一項後段、第十条により犯情の重い不実記載公正証書原本行使の罪の刑に従い、所定刑中懲役刑を選択し、被告人中井同上条の物品税法違反の各所為につき、所定刑中いづれも罰金刑を選択し、以上は被告人中井、同上条、同日本電気産業株式会社の各関係部分につきそれぞれ刑法第四十五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四十七条本文、第十条により最も重い判示第一の二の被害一覧表の詐欺の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人中井に対し、罰金については物品税法第二十一条(被告人中井についてはなお刑法第四十八条第一項を適用する)により各罪の所定金額の範囲内において被告人中井、同上条、同日本電気産業株式会社に対し、それぞれ主文第一項のとおり量刑処断し、被告人中井、同上条において右各罰金を完納することができないときは、いずれも刑法第十八条により金二千五百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文(連帯負担の点についてはなお同法第百八十二条)を適用し、主文第三項掲記のとおりその負担を定めることとする。

(無罪の判断)

一、被告人中井安兵衛に対する昭和三十三年九月五日付起訴状第一記載の公訴事実の要旨は、

「被告人中井は、昭和三十二年五月頃仲田貞次から資本金千三百万円の休眠会社日月鉱業株式会社を二十万円で入手した上、同年六月二十七日、東京法務局日本橋出張所において、近藤公枝等を介して同所登記官吏に対し、同月十五日日月鉱業株式会社臨時株主総会及び山岡電器産業株式会社取締役会を開催した事実が全くないのに、同日日月鉱業株式会社臨時株主総会を開催した結果、取締役に被告人他八名監査役に松本尚他一名を選任し、商号を山岡電器産業株式会社と変更し、目的を電気機械器具の製造加工販売等と変更する旨の決議がなされ、同日山岡電器取締役会を開催した結果、代表取締役に被告人が互選された旨、虚偽の事実を記載した臨時株主総会議事録及び取締役会議事録と題する書面を添付して、その旨の日月鉱業株式会社の取締役、監査役、代表取締役、商号及び目的変更の登記申請をし、即日右登記官吏をして同所備付の商業登記簿にその旨不実の記載をさせた上、即日右登記簿を同所に備え付けさせて行使したものである」

というのである。

なる程、同被告人が、昭和三十二年五月頃、右仲田から資本金千三百万円の休眠会社日月鉱業株式会社を金二十万円で入手したこと、同年六月二十七日、東京法務局日本橋出張所において、右仲田及び近藤を介して同出張所登記官吏に対し、同月十五日日月鉱業株式会社臨時株主総会を開催した結果、取締役に同被告人他八名、監査役に松本尚他一名を選任し、商号を山岡電器産業株式会社と変更し、目的を電気機械器具の製造加工販売等と変更する旨の決議がなされ、同日山岡電器取締役会を開催した結果、代表取締役に同被告人が互選された旨、日月鉱業株式会社の取締役、監査役、代表取締役、商号及び目的変更の登記申請をし、即日右登記を了したことは、既に認定したとおりであり、また同被告人の当公判廷(併合前の第十四回公判期日)における供述及び検察官に対する昭和三十三年八月二十三日付供述調書(以上記録第七冊)、証人沖山斌基、同銭高良之、同山岡俊夫、同百々初男(以上記録第一冊)、同上條信助、同仲田貞次(以上記録第三冊)の当公判廷における各供述仲田貞次及び戸田善吉の検察官に対する各供述調書(以上記録第二冊)等に照らして、右日月鉱業株式会社臨時株主総会及び山岡電器取締役会がいずれも開催された事実の存しないことも明白であり、従つて一応形式的には右公正証書原本不実記載同行使罪の成立することは、極めて明白であるかの如くである。

然しながら、他面同被告人の当公判廷(併合前の第十四回公判期日)における供述、証人仲田貞次の当公判廷における供述及び同人の検察官に対する供述調書を綜合すれば、同被告人が日月鉱業株式会社を入手した当時、同会社は株券未発行で株主名簿もなく、実際には右仲田が全株式を単独で所有しその全権を掌握していたのであり、同被告人はかような実状にあつた右会社の全株式を右仲田より単独で譲り受け、右譲り受け後においては、同被告人の意思が即ち同会社株主総会の意思に相当する状態にあつたことが窺われ、更にこれまた前認定の如く、同被告人は、右会社を山岡電器産業株式会社と商号変更して自らその代表取締役となり、同会社によりテレビジヨン製作の仕事を経営すべく計画し、昭和三十二年六月初頃厚生産業株式会社々長沖山斌基より都内目黒区中根町六十番地所在の同会社工場建物を買受けるとともに、右企図を右沖山斌基他九名の者に打明け、同人らよりそれぞれ右企図を諒承して同会社の取締役乃至監査役に就任することの承諾を得、また前記仲田にも右企図を明かしたうえ、その旨日月鉱業株式会社の登記変更方申請を依頼して応諾を得ていたものであり、以上の諸事実を彼是勘案すれば、前記登記申請にかかる日月鉱業株式会社臨時株主総会の決議内容は、凡て当時同株主総会の実体を形成していた同被告人の意思に沿い、而も右決議において取締役或は監査役に選任されている沖山斌基他九名のかねて承諾していたところであり、また同じく前記登記申請にかかる山岡電器産業株式会社取締役会の決議内容も、同取締役会を構成したとされている沖山斌基他九名よりかねて諒承を得ていたものであることが明らかであるから、右各登記申請はいずれもその実質内容において真実なものというべく、かかる場合には、前記の如き形式的手続的な瑕疵あるの故を以て、右実質内容の真実なることを無視し、直ちに公正証書原本不実記載、同行使罪としての刑事責任を問うことは、妥当な解釈とは言い得ないのであつて、むしろ、これらの罪は成立しないものと解するのが相当である。しこうして他に右認定をくつがえすに足りる証拠も存しないので、結局前記公訴事実については犯罪の証明がないことに帰着するものというべきである。

二、被告人山岡電機株式会社に対する公訴事実の要旨は、

「被告人山岡電機株式会社は電気機械器具の製造販売業を営むもの、中井安兵衛は右被告人会社の代表取締役でその運営を統轄するものであるが、右中井は被告人会社の業務に関し、物品税を免れる目的で、昭和三十二年三月五日から同年八月十日までの間、都内文京区大塚坂下町二百二番地の被告人会社において、テレビジヨン受像機三百六台(この課税標準額九百三十三万六千五百円――物品税相当額百六十九万五千九百六十円)を製造したものである」

というのであるが、被告人中井安兵衛の当公判廷(第三回公判期日――記録第八冊、第四回公判期日――記録第九冊)における供述、証人木村善寿、同高沢富士男の当公判廷における各供述、第二回公判調書中証人戸田善吉の供述記載、東京法務局日本橋出張所法務事務官平井実作成の山岡電機株式会社の登記簿謄本(以上記録第八冊)、押収してある工場元帳一冊(昭和三十四年証第一三七三号の七)を綜合すれば、被告人会社は単に登記簿上存在するに過ぎず、従前社会的実在としてテレビジヨン受像機を製造したことはなく、却つて右公訴事実記載の日時場所においてその記載の如きテレビジヨン受像機を製造したのは山岡鉄工株式会社(電機部)であつたことが認められるのであつて、他に右認定をくつがえすに足りる適確な証拠も見当らないので、右公訴事実については犯罪の証明がないものと言わなければならない。

よつて以上一、二記載の各公訴事実については、いずれも刑事訴訟法第三百三十六条後段に則り主文第四、五項のとおり無罪の言渡をする。

(検察官主張の被告人中井に対する昭和三十四年三月二十日付起訴状第一の(1)の本位的訴因に対する判断)

検察官は、被告人中井に対する右起訴状第一の(1)の本位的訴因として

「被告人中井は電気機械器具の製造販売業を営む山岡電機株式会社の代表取締役としてその運営を統轄するものであるが、右会社の業務に関し、物品税を免れる目的で、政府に申告しないで、昭和三十二年三月五日から同年八月十日までの間、都内文京区大塚坂下町二百二番地の右会社において、テレビジヨン受像機三百六台この課税標準額九百三十三万六千五百円――物品税相当額百六十九万三千九百六十円を製造したものである」

旨を主張するが、既に被告人山岡電機株式会社に関する無罪の判断において述べた如く、右会社は単に登記簿上存在するに過ぎず、従前社会的実在としてテレビジヨン受像機を製造した事実の存しないことが認められるので、検察官主張の右本位的訴因は結局その証明がないものとして排斥を免れないが、既に罪となるべき事実第二の一において予備的訴因につき有罪の認定をしているので、右本位的訴因については特に主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 江里口清雄 柳瀬隆次 小林充)

(被害一覧表および物品税関係一覧表略)

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